東尾張乱射事件

【次回の記事予定】「お金」で「愛情」や「友情」が買える『脳内麻薬 ドーパミンの正体』を読んだ感想。

NUDE or Higashi

Owari Ranshajiken

ざわざわざわざわ

『金持ちは糞だ』という思想。

『ベルリン、僕らの革命』ハンス・ワインガルトナー(監督)

 金持ちにルサンチマンを抱くぼくとしてはたいへん気分良く観賞できた。

 ちなみに、原題は「豊かな(より直訳的に言えば,脂ぎった)時代は終わった。」というのだそうな。そういうレビューがアマゾンにあった。というか熱いレビューが殺到していた。きっとそれだけ過去にあった自称革命家たちの「しょぼさ」というものに、どうしたって憤りを感じてしまうということなのかもしれないし、さらにその「しょぼい」過去の人たちが、今なお第一線の表舞台におり、理想どころか保身のために、なんの謂れも無いルールや形式を押し付けていることへの反発なのかもしれない。



ONCE ダブリンの街角で』ジョン・カーニー(監督)

 思い出とギターと才能だけはある中年のミュージシャンが、ある子持ちの女性と出会い、数曲のレコーディングをするお話。

 たぶん同出身のボーノやビョークの現活動作よりも、ずば抜けて優れているのではないだろうか?というほど、とにかく奏でられるどの曲も良かった。とりわけギターと声のみによる、道端での弾き語り、そのサビにおける叫びに似た感情のほとばしりは、無条件にそのギターケースに感謝の紙幣を置きたくなった。



『続 猿の惑星』テッド・ポスト(監督)

『新 猿の惑星』ドン・テイラー(監督)

 どの猿の惑星を見ても、言い知れないフラストレーションが残ってしょうがない。その違和感はnigo氏の「A BATHING APE」やら元フリッパーズ・ギター小山田圭吾の「コーネリアス」という名前にもちょっと感じる。



サガン 悲しみよこんにちわ』ディアーヌ・キュリス(監督)

 原作を読んでいないまま見たのは若干失敗だった。サガンという作家が当時、この映画で描かれているように、その存在自体がセンセーショナルなのだということや、それゆえ映画然りフランソワーズ・サガンという女性であり母でもある女の最後のくだりにも、いまひとつ乗れなかった。さらに、視点がコロコロ変わるのもあるけれど、主人公の所作がとにかく落ち着きに欠けており、たとえそのふるまいが実際にいたサガンの真実、そういった特徴なのだとしても、手持ちカメラかとおもわせるほど目が疲れた。

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