東尾張乱射事件

【次回の記事予定】「お金」で「愛情」や「友情」が買える『脳内麻薬 ドーパミンの正体』を読んだ感想。

NUDE or Higashi

Owari Ranshajiken

ざわざわざわざわ

労働なんてヤドゥー(嫌です) 『ぼくは落ち着きがない』より

脳病院へまゐります。 (文春文庫)

脳病院へまゐります。 (文春文庫)


『瑙病院へまゐります』若合春侑(著)

 タイトルもかっこいいし全編にわたって歴史的かなづかいでものされているというわけで、期待度をずいぶん上げて、個人的にずっと読もうと狙っていた小説。

 んが、僕の感受性がいまいち愚鈍なためか、いっこうに乗り切れなかった。なにかこう歴史的かなづかいで書かれたものは、読みにくいとうのは承知していたけれど、小説を読んだ時にそれなりに感じる音感、インの踏みぐあいや、とうていお目にかかれない言い回しや、陰影の細部描写に、思わず引き込まれたりするのだけれど、このたびはむしろフレッシュ、かつ直接的な明るい印象が読み進めるうちに強く、読んでいるうち妙に落ち着かなかった。昭和初期というより、80年代臭に近い。 





夜の果てへの旅〈上〉 (中公文庫)

夜の果てへの旅〈上〉 (中公文庫)

夜の果てへの旅〈下〉 (中公文庫)

夜の果てへの旅〈下〉 (中公文庫)

『夜の果てへの旅』上下 セリーヌ(著)

『北回帰線』ヘンリーミラー(著)

 作家の絲山秋子氏が、上記作家らを私淑している的なことをブログに書いていたので、その絲山秋子氏を私淑している自分としては、そのオススメを読まない手はない。

北回帰線 (新潮文庫)

北回帰線 (新潮文庫)



 んが、読了するのに約一年くらいかかってしまった。おおざっぱに言うと、セリーヌとヘンリーミラーという作家の違いも一年かけて読むとまったりと曖昧になる。どちらも起承転結にそった物語性はなく、その時々の心情が独断的に、そして長々と、もしかしたら終わらないのではというくらいの冗長さでつづられているから、仮に人物表なんかを作っても意味をなさない。ただ読み進むうちに共感できることがあって、この小説の主人公を含めまわりの有象無象のフレンチな民衆、彼らには向上心などまったく皆無であり、むしろそういったとうてい叶いそうもない希望をちらつかせ、そこに先導せんとする人や街や時代をも徹底的に侮蔑しつくすところに読み物としての魅力があったように読めた。毎瞬間ごとが人生最後の最良と期待することも許されないシーンが豊富にあるというべきか。とにかく納得するとか理解するとかを通り越した暗黒の世界だったように思う。




ぼくは落ち着きがない (光文社文庫)

ぼくは落ち着きがない (光文社文庫)

[[『ぼくは落ち着きがない』長島有(著)]]

 ある高校の図書部員たちのワンシーズン。とにかく,、ハズさない「ネタ」がぎっしりとつまっていて、もう無条件に数々の仕掛けも楽しめた。仕掛けができるのはミステリーだけじゃないんだぜ、といわんばかりの豊穣さで、あげくおなじみといえばそうなのかもしれないけれど、本の表紙カバーの裏(うら)側にも、「本編を読み終えてからお楽しみください」といった但し書きにあるとおり、まるで得でもしたかの気になる。またあらためてオマケかと思うと、この表紙の色といいタイトルを記すフォントといい、あわよくば本であることさえ狭いのではと思わせてくれた。個人的には「ヤドゥー」が最高だった。

「誰かさ、日本史の教科書貸して」始業ギリギリの時間に健太郎がきて、皆にヤドゥー、ヤドゥーと連呼されている。ヤドゥー、は図書部内の流行語で、やだ、という意味。


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