東尾張乱射事件

【次回の記事予定】「お金」で「愛情」や「友情」が買える『脳内麻薬 ドーパミンの正体』を読んだ感想。

NUDE or Higashi

Owari Ranshajiken

ざわざわざわざわ

テレビで高校野球が放映されているのを見て……未だに彼等が年上のひとに感じられてしまう。

『ライフ・イズ・ベースボール』マイケル・ホフマン(監督)
 脚本がドン・デリーロ。主人公は元タクシー運転手の劇作家で熱烈なレッド・ソックスの野球ファン。妻とは自身の浮気が原因で離婚直前。娘は父の言葉に耳を貸そうともしないアカデミックなビッチ。そこにからむのが1985年という設定。ニューヨーク・メッツVSボストン・レッドソックスの決勝選。レッドは1918年以降優勝していないという。ファンの彼からすると、レッドの負けはその負け自体にさえ美学があるという。そんな決勝戦の当日と、自分の書いた舞台の初日が重なる。また今回の舞台は伝説の批評家と言われる男の対象となっているという。その批評家に酷評されて廃人となった友人や、批評家の元スタッフという女性から不安になるような情報ばかり耳にしてしまう。



《感想》

 僕が野球に興味がないためどこにも悲劇が見出せなかった。ゆえに軽妙な会話でつづられているだけの映画に見えてしまった。とはいえ思わずメモりたくなるような台詞が出まくっていた。映像はニューヨークの街中と、主人公をとりまく屋内、劇場と床屋と飲み屋と、85年のテレビ映像のみであるのにもかかわらず、台詞にみる薀蓄が歴史的なトリビアをかいつまみ、乗せる皿はタクシーの後部座席から、深夜の用足しの合理性についてまで言及させ世界を膨らませていた。で、よくよくカテゴリーを見るとコメディーとなっていた……つまり、僕がドン・デリーロという名前に過剰反応して見てしまった。


ワンダフルライフ是枝裕和(監督)

 「あなたはこの先どういった永遠の中に彷徨いたいですか?」

 およそそんなような質問を死後直後に受ける。誰が、何処で、なんの為にそんな質問をしてくるのかというと、カウンセラーのような人達が、古い学校にあるような教室で、亡くなってしまった人たちがよりよい死後を彷徨えるよう相談に乗ってくれる。参照されるのは、故人が生前に「幸せだったとおもえる記憶」の幾つかで、その「幸せだったとおもえる時間」の解釈について描いたのが、この映画というか、TVドラマというか、dvdになったもの。

 とてもファンタジーな面と、自然なふるまいをする役者や陰影のぐあいと、その無理な設定ゆえのみょうに力の抜けた展開が、季節描写をおりまぜちゃんとファンタジックに完結したというだけでも見て良かった。けれどもう一度さいしょから見れるのかというと、やや退屈かもしれない。




ほえる犬は噛まないポン・ジュノ(監督)

 わりと好評だというようなレビューがあったのだけれども、自分の場合は途中から早送りにしていた。ゆえに映像による流れだけは見た。韓国映画をそんなに見ているわけではないから一概には言えないとはいえ、どうも韓国産のコメディー系を描こうとする映画は「さあウケを取りにゆくぞ」としたさいにの、演者のやりとりなり、背景も含め、どうも間伸びして見えしまうからしょしょうじれったくなってくる。そのいっぽうでこないだに見たサスペンス調の『チャイサー』ナ・ホンジン(監督)なんて映画は素晴らしかった。あるいは同監督の『殺人の追憶』や『グエムル-漢江の怪物』やキムギドクやらパクチャヌクなど、ひじょうに覚えにくい名前にもかかわらずメモまでしちゃう。そいだけ韓国産の一部の映画がここ数年のうちに独走ではないけれどもう止めようもないほど発展してきているのかもしれない。勝手に予想するとそれだけ「創る人たち」がリスペクトされ、ちゃんと投資されているのではと想像する。




『ハロウィン』ジョン・カーペンター(監督)

 ホラー手習い者である自分からすると、かなりの頻度でレンタルされているこの作品はきっと「見なければよかったかもしれないほどの戦慄」というほどの名作ホラーだとばかり思っていた。あるいは水道橋博士が当時この映画を劇場で見ていたさい、あまりにも凄まじい恐怖からか、皆、途中からバタバタと席を立ったという。あげく劇場のフィルムを回している二階の窓から従業員が顔を出して、やたら悲鳴を上げる博士にむかって「なんだったらもう止めとく?」といったエピードを聞くにつけ、よほどのスリルが味わえると期待していたけれど……そうでもなかった。もしかしたらパート2だろうか?

『アンジェラ』リュック・ベッソン(監督)

 セーヌ河の橋の上から身を投げる男。男はさえない無能者。その無能者のまえに8頭身、あるいは9頭身のフレンチな美女が黒のボディコンシャスないでたちで、男にハスキーな声で言う「私はあなたの言うことならなんでも聞きます」と。

 とまあ設定は日本の少年青年マンガにありがちなものだけれど、これは二次元ではなく、実写映画であり、おそらく監督の変質的なまでの趣味性が頑固に反映されているとはいえ、今回もその美少女のぐあいが度をこしており、視聴者としては、なるほどああいった9頭身もある、恐怖さえ感じさせる美女の演技というより言葉を発し、さえない男に尽くすという異様な絵は見ていてそのうち飽きそうになりつつも約90分をもって終えた。絵がモノクロというのもなにか効果があるのかもしれない。


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