東尾張乱射事件

【次回の記事予定】「お金」で「愛情」や「友情」が買える『脳内麻薬 ドーパミンの正体』を読んだ感想。

NUDE or Higashi

Owari Ranshajiken

ざわざわざわざわ

米兵(こめひょう)へ行こう! 別れの春

 長年連れ添ってきた我が細君ともいふべきものを、本日の午後、已む無く売り払ってきた。チャーミングにすぎる彼女のネック。コムデギャルソンを彷彿させる黒ボディー。どんなラウド・サウンド下にあろうと、必ずくっきり抜けてきてくれたミドル・サウンド。そんな曇りのない中温をまとい、正義の味方のごとく、いつまでもいつまでも延びつづけるサスティーン……E音。おん。

MUSICMANのスティングレイ・ベース

 何年も弾いていなかったため4本ある弦はすべて錆に犯され、秋色に変色していた。保管中はネックが反れるのを恐れ弦をゆるめておいた。久しぶりにペグを回して、パッシブ・アンプの上に右の親指を置いた。レフト、ライト……してやると、このわたくしにしか理解不能であろう、あの懐かしき振動がおっぱいの辺りに伝わってきた。先天的にリズム感の具わったひとや、指の骨がでるまで練習をしたひとのような音は出せない。残念ながら僕にはそういった才能はない。あるいはソウルだのリズム&ブルースだのといったニュアンスも出せない。この手が黒人並みに大きければ別だけれど、左手の親指を、ネックの後ろからにゅっと出して、4本すべての弦を押さえることなんて、僕にはどうやっても無理だった。

 しかしながら、できることが全くないわけではない……できないことがデキることへと到るときもある。

 ベースをアンプにはつなげず、胡坐をかいて、膝上にベースを置いてつまびくという構図にずっと憧れがあった。昔、『気分はグルービー』というたいして面白くない漫画があった。ドラムの叩ける大学生が主人公で、彼のバンドのリーダーがベースを弾いていた。そのリーダーの彼が、失恋だったか、バンドの解散だったか、就職に失敗したのか、その理由はすっぽりと忘れてしまったけれど、とにかくベースサウンドを愛する男が、独り落ち込んで暮れなずむアイテムとしてイバニーズのベースを活用していた記憶がずっとある。彼は、誰もいない部屋で“ボン、ボン、ボン”と胡坐をかいてベースを弾いていた。ささやかな漫画の一コマにすぎないにもかかわらずその姿は、こう言ってよければブルーズなのだと、いま、言いたい。
 そうして今日、僕も“ボン、ボン、ボン”した。

 名古屋の大須3丁目。不景気の影響からか普段満車御礼の駐車場が怖ろしいほどに空いていた。活気あるはずの人通りもまばらであった。これから楽器を売ろうという当人からすると、こうした不穏な時代背景を理由に、不当な値段を吹っかけられやしないだろうか、としょうしょう心配となる。
 楽器はハードケースに入れてあり通常より三割増しの重量ゆえに、駐車場から米兵(こめひょう)の買取センターまでの道のりが、いやに遠く感じた。米兵(こめひょう)は、「売り場」と「買取センター」とに分かれている。「本館」と「別館」にも分かれている。館内は階層別にジャンル分けもされている。僕は田舎者のように林立するビルを何度も見上げ、買取センターを求め歩いた。

 運よく買取センターの自動扉をくぐった。入ってすぐ、L字型のカウンター内に、黒服できめたお姉さんがたがコンパニオンみたく案内をしてくれる。
「いらっしゃいませ。しょうしょうお待ちください(微笑)」
 店内は表通りと異なり混み合っていた。年齢層はまちまちである。ワックスで頭髪をなでた男がいた。金の指輪をしていた。実にうさん臭そうだ。偽のロレックスやオメガなどを所蔵していてそうなヴィトンのセカンドバックを大事そうに手にしている。また、封のあいてない型ナンバーの印刷されたダンボールの箱を、三つも用意している作業服の人もいた。大きさから予想するとおそらくDVDデッキだろうか? 
 簡単な説明を受け、免許証の提示をしたのち、五分ほど待たされた。とても広いフロアーで、列車のシート並みのソファーが、やはりL字型に配置されており、番号札とクリアファイルの資料をもって待っていると、なにか病院を模した風俗店にいるような気になってくる。

 鑑定室に入ると30代前後の男性が、僕のミュージックマンの点検をさっそく始めた。アンプにつなげて数秒だけ音をだした。錆だらけなので音はそれなりにこもっていた。それからベースを目線までもちあげて、傾け、ネックに反りがないかのチェックもする。その時点でおおよその眼利きはついたのか、「しょうしょうお待ちください」といって、鑑定士はバックヤードに引っ込んだ。3分ほどしたのち、男は電卓を叩くとその灰色のディスプレイを僕に見せた。
 いち、じゅう、ひゃく、せん、まん……
 欲を言えば10万を期待していた自分としては正直げんなりもした。んが、友人の、ピカピカのギブソンが6万だったことを思うと、まあ5万が妥当な値付けだという理解に至り、男に頷いた。
 書類にサインし、鑑定室を退出し、再度、L字型のカウンターの前を過ぎると、やはりお姉さんらが微笑しながら送り出してくれた。
 僕は手ぶらで大須の街に出た。で、そのまま帰宅するのも寂しく感じれられて、適当に大須の店を徒歩で流した。とくに欲しい服もないし、スニーカーも欲しくない。お腹もすいておらず、どういうわけか時計店に入店してしまう。5年くらい前に欲しかった、Gショックがディスプレイされていた。
《なんで、こんなところに放ってあるのだ?》

 何年か前に電池切れしたらしき初期型のGショックを時計店へ修理をお願いすると、一週間だけ稼動して、Gショック尽きてしまった。ヤフオクにも出てこない。未だに愛用しているという人のHPを覗くと切なくもなる。その嘘のみたいな悔しさの出口が、そのディスプレイにあるのだと見えてしまった。悔しさの出口の構造は、今様の電波仕様だという。ぼくには永遠というふうに読めてしまった!
「ありがとうございます」
 さらに帰路の途上、地元の春日井市の本屋さんでは、半永久的に絶対に望めないであろう品揃えの「正文館」という本屋にも立ち寄る。なんとなく欲しい「本」と「CD」が手のなかにあった。
「ありがとうございます」
 ついさきほどまで僕は、本日購入したCDを聞いていた。音となる語り手は、男性と女性のディオもあるなどし、悪くない英語のCDだった。
 消えてしまったミュージックマンが、いま、姿を変え僕に啓蒙してくれているのだというつもりで、毎日聞くつもりである。

 keep up!

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