“美しさに反感” (金閣放火の動機)が、今、そのまま伝わってくる。
- 作者: 猪瀬直樹
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 1999/11
- メディア: 文庫
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『ペルソナ 三島由紀夫伝』猪瀬直樹(著)
原敬首相暗殺のシーンに始まり、ラストは市ヶ谷駐屯地での詳細で終わる。
三島由紀夫という天才作家のコンプレックスとはなにか?
そんな問いに著者は「官僚」というキーワードを用いながら、カラフトやらサハリンにまでその舞台を移動させ分析を重ねてゆく。その詳細に約三分の二くらい割かれている。
三島由紀夫の祖父は(原敬の快刀と言われた外務官僚)だった。が、晩節は詐欺容疑で検挙される。とか、
父は(退庁時間が近づくとソワソワするような農林省官僚)だった。同期には野心家で妖怪と言われる岸信介がいた。とか、
そして三島本人は(大蔵官僚の傍ら執筆を続けていた)
ただ一つ明治できらいなのは、この時代が現代にいたる『官僚』および『官僚臭』というものの発生期だということだ。明治官僚の文化軽視は、要するにかれらが田舎者で文化的洗練というものがわからなかったためだが、そのわからずやを『よし』とする精神は、今にいたるまで尾を引いている (朝日新聞、昭和37年2月6日付)
官僚一家に生まれながら三島由紀夫の場合、なにやら借金まみれであったようす。借財の因である祖父は明治男のステレオタイプ。家族や細君への配慮のない男。そうしたようなツケが三島由起夫巡りめぐってきたともある。
とりわけ祖母からの偏愛。もと子爵であるため、やや豪奢ともいえる傾向にあったその祖母は、孫を溺愛するあまり自身の室間に幼い由紀夫を幽閉し続けたとある。その結果三島は、成人しても母のことを「お母ちゃま」と呼び、誰の面前であろうと躊躇なく己の「母の美しさ」を口にしたともいう。
他方、三島由紀夫という作家の文学的な蓄えは、いったいどこで得たのだろうか? という問いに対してこの本ではおそらく祖母の影響だろうとしている。幼いころ一緒に芝居やなんかへ頻繁に出掛けたという。あるいはどんな書物に傾倒していたのか? ということについての分析はいまひとつだった。ラディゲやら御岳著『日本浪漫派批判序説』やら『歴史と体験』を再読、三読という引用部分があったていど。
ただ自衛隊駐屯地での割腹シーンの描写はたいそう読み応えがあったし、なにやら歴史的「if」をそれとなく彷彿させんとする未解決感はとても気持ちよく読了できた。
三島はほぼ計画通りに自衛隊を舞台に劇的な自決を遂げた。だが自衛官たちにあれほど野次られるとは予想していなかった。三島は気づいていなかったが、11月25日に第32普通科連隊は百名ほどの留守部隊を残して、九百名の精鋭部隊は富士演習場に出かけて留守だったのである。三島は、森田の情報で連隊長だけが留守だと勘違いしていた。バルコニー前に集まった八百人は通信、資材、補給などのどちらかといえば三島の想定した“武士”ではない隊員だった。