歩くのに理由がいらないように
- 作者: 佐野洋子
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2010/09/29
- メディア: 文庫
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著者の母の名前がシズコさん。若くして7人の子を産み(うち3人は夭逝)、40の時に旦那とも死別する。最後は老人ホームのベッドで亡くなる。93歳。
私は母を金で捨てた
このフレーズが何度となく出てくる。
著者と母とのいいしれない関係は、著者4歳のときに始まる。母と手をつなごうとおもい、下から差し出した手を叩かれたこと。以後、著者はことあるごとに母から冷たくされる。勉強の成績が良くてもダメ。肉体労働をしてもダメ。自分の描いた画が街中に見られるようになってもダメ。
今私はあの労働の経験と忍耐はしないよりした方がよかったと思える。
しかし思い出したくない。
著者は実母よりも、母の妹である叔母と親密になってゆく。
ところが、著者が自らの年金や財産を取り崩していれた老人ホームで、シズコさんが変わり始める。肉体の衰えにもまして痴呆が進み、シズコさんは著者に対して菩薩となってゆく。
かわいそうな母さん。かわいそうな私達。人生って気が付いた時はいつも間に合わなくなっているのだ。
〈感想〉
読み終えると何とは言い得ない観念にとりつかれてしまう。涙こそ落ちはしないものの、とにかく揺すぶられることは確かだった。
昔、ライオンのお母さんが、病気で弱った自分の子供を噛み殺して食ってしまうのを思い出したりもした。とてもショッキングな映像。で、そのときも「何とは言い得ない観念」にとりつかれた。もちろん「命の大切さ」だとか、「親子」だの「愛」がどうとかいうものでは全くなくって、もっと全然ちがう剥きだしの何か。適当な言葉が微塵もみつからないけれど、たぶん見つからないというこの複雑すぎるモヤモヤが、さらなる欲望を付け足してゆくのだと思うと……もう二度!二度と、この著者の言葉で書かれた新作が読めないというのは、さみしいというほか無い。