読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

東尾張乱射事件

【次回の記事予定】「お金」で「愛情」や「友情」が買える『脳内麻薬 ドーパミンの正体』を読んだ感想。

NUDE or Higashi

Owari Ranshajiken

ざわざわざわざわ

人生、終われるという安らぎ

本(あらましと感想)

真説 ザ・ワールド・イズ・マイン (1)巻 (ビームコミックス)

真説 ザ・ワールド・イズ・マイン (1)巻 (ビームコミックス)



『ナチュラル・ボーン・キラー』『インデペンデスデイ』と、俺たちに明日はないを足してもまだまだ、付け足した足りないほどの超激的な大傑作だった。

「人を殺める」という視点についていえば、これはフィクションだと理解しているのとは関係なく、次第次第にその結果にも、行為にも、生き方にも、十全ではにせよ、共感させてられてしまうほどの恐ろしい何かを感じないではいられなかった。

 ある社会学者ふうに云うなら「痛み」に満ちみちていた作品というべきか。

 なんというか、物語の中において殺されてゆく人物たちの、小さな生活の歩みというか、確かに毎日そうしてできたであろう人格やふるまいやプロポーションや顔つきなどが、その画にすぐと分かるように描かれていただけに、その血しぶきや肉片がそうとうに生々しかった。

 誤解を恐れずにいえば、自分の肉親や親しき人達の最後を、黙示録のごとくかいま見た思いだった。
 人の命なんて「そんなもんだ」といったぐあいの諦観と、日々おなじ時間軸のどこかでやり過ごしているにちがいない「どうでもいい他者の死」や、そうした「どうでもいい命にたいする選別」に対する想像力のなさを、ずるずると意識の中程へ引っ張り出されてしまったという感じかもしれない。
 あるいはオウムやら黙示録やらにはまった人たちと同じ願望が、僕のなかにもあり、そのもっともみずみずしくも理想的な展開をこのマンガのなかに見たと洗脳されてしまった、などと妄想さえしてしまうほどであった。
 ともかく僕にとっては衝撃的な事件にちがいない体験だった。

真説 ザ・ワールド・イズ・マイン (2)巻 (ビームコミックス)

真説 ザ・ワールド・イズ・マイン (2)巻 (ビームコミックス)

真説 ザ・ワールド・イズ・マイン 3巻 (ビームコミックス)

真説 ザ・ワールド・イズ・マイン 3巻 (ビームコミックス)

真説 ザ・ワールド・イズ・マイン 4巻 (ビームコミックス)

真説 ザ・ワールド・イズ・マイン 4巻 (ビームコミックス)

真説 ザ・ワールド・イズ・マイン5巻 (ビームコミックス)

真説 ザ・ワールド・イズ・マイン5巻 (ビームコミックス)

広告を非表示にする
スポンサーリンク