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東尾張乱射事件

【次回の記事予定】「お金」で「愛情」や「友情」が買える『脳内麻薬 ドーパミンの正体』を読んだ感想。

NUDE or Higashi

Owari Ranshajiken

ざわざわざわざわ

福岡伸一の美しい文体要素のひとつが須賀敦子だった。

新書

世界は分けてもわからない (講談社現代新書)

世界は分けてもわからない (講談社現代新書)

世界にはハンナ・アレントをバスのなかで読む美女がいるのだと知った

 正直なところ、タンパク質やES細胞についての文章は、僕の場合、これといって興味がないためかさほど面白くはかんじない。けれど、この著者の文章がめっぽう美しい。行間を狭くした村上春樹といったところだろうか。
 そんなわけで今回も著者のものす豊富な知見を楽しんだというより、記号まみれの文章のなかに、ときおり描写される文学的な芳香を「のほほん」と楽しんだしだい。
 とくに心惹かれたのは著者がイタリアを訪れたくだり。前作(『生物と無生物のあいだ』)ではたしかNYの夜が描写されていたと記憶する。今回は畑の中を進む路線バスのなかで著者は、ハンナ・アレントを読みふける女性の思索にかんする妄想視点からスタートする。


人間の条件 (ちくま学芸文庫)

人間の条件 (ちくま学芸文庫)


そして、ついには須賀敦子に到達する。

彼女の文章には幾何学的な美がある。柔らかな語り口の中に、情景と情念と論理が秩序をもって配置されていている。その秩序が織りなす文様が美しいのだ。(・・・・・・)彼女の本を読むにつれ、そのたたずまいに引きこまれていった。彼女の歩いた道を彼女が歩いたように歩いてみたかった。彼女が考えたように、自らの来し方を考えてみたかった。彼女が静かに待ったように、私も何かが満ちるのを待ってみたかった。その何かを知りたくて彼女の文章を何度も読んだ。そしてますます彼女への想いが深まった。

というわけで自分も『地図のない道』を読んでみた。

福岡伸一のオススメの作品というわけで、『世界はわけてもわからない』のなかでもとりあげられている。一枚の絵画を縦糸にして、須賀敦子とイタリアと14世紀ヴェネツィアの高級娼婦がダダダダダと織り込まれていく。そして顕微鏡から目をあげると、

私は元の視野のどの一粒が切り取られて拡大されたのかを見失う。拡大された絵は元の世界のごく一部であり、一部の光しか届いていない。ほの暗い。その暗さのの中に名もなき構造物がたゆたっている。そして、今見ている視野の一歩外の世界は、視野内部の世界と均一に連続している保証はどこにもないのである。


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地図のない道 (新潮文庫)

地図のない道 (新潮文庫)


 もうひたすらにイタリア尽くしの一冊。といって単純に日本とイタリアを対比して言葉をつむいでゆくというしろものではなかった。場所はイタリアであれど、登場するのはわりと雑多な人種、文化、問題、宗教、他国の過去などなど。たぶんイタリアを愛するというより、その地で出会った「縁」にたいする想いが、ずっとずっと消えないままであるがゆえに、あるいは完全に忘却してしまわないようにとの真摯さが、ある種の文体として現れているのかもしれない。書かれていることはかなり個人的な体験というか、イタリア滞在時における記憶書きがほとんどで、ものされるエピソードもけっして奇を衒うたぐいのものではない。良く言えば「独りで読書するにはうってつけの本」なのかもしれない。そのとうり、僕も毎日、夜のいちばん大切な時間、就寝するちょっと前あたりにこの本を読むのを、生きる楽しみとして、そのとうり楽しんだ。で、その快楽の終焉が悲しくて、現在はそのまま『須賀敦子全集 第一巻』『既にそこにあるもの』大竹伸朗(著)を交互に読むすすめている次第。

既にそこにあるもの (ちくま文庫)

既にそこにあるもの (ちくま文庫)

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