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東尾張乱射事件

【次回の記事予定】「お金」で「愛情」や「友情」が買える『脳内麻薬 ドーパミンの正体』を読んだ感想。

NUDE or Higashi

Owari Ranshajiken

ざわざわざわざわ

関ヶ原にて利か義か? そしてヴィム・ベンダースの『Radio On』で呆然とする

『関ヶ原』司馬遼太郎(著)

関ヶ原〈上〉 (新潮文庫)

関ヶ原〈上〉 (新潮文庫)

【ざっくりいうと】

西軍(石田三成)vs東軍(徳川家康)の合戦(←ステキなサイトがあったので勝手にリンク)。

【感想】

 読了後はここちよい満足にしばし包みこまれていた。
 で、やっぱり想起してしまうのは“歴史におけるif”であった。
 西軍が「もし勝っていたらば」どうなっていたのか。あるいは、例え西軍が勝っていたとしても、どのみち今日に至る斯くの如きの経緯により、徳川政権の長いながい時代が来ていたのかなーあ、とか。しかしながら、そうはいっても、そうした“if”が事実であったりしたらば、今ある日本(人or社会)の前提のごときものは、多少なりとも違っていたのかな?など。とまあ、そういった具合に、秀吉贔屓の自分としては、とにもかくにも、西軍の指揮者(石田三成)の采配が残念でならない。たまらなく悔しい、つまり、それくらい物語に熱入しながら読んだ。
 また、この小説で石田三成の性格がしつっこく、ねちりねちりと描かれている。融通のきかない“四角四面”の石田三成。ルールの前提を疑わない中間管理職的なかんじ。というわけで、ついつい身の回りにいるヒトを「ああ、ありゃ石田三成だなっ」などと、しごく自然に人物評してしまう自分が現れだしたりもしている。それはつまり、とてもネチネチした自分も性格なんだろうか、と残念な反面、「ありゃ、石田三成だな」という、一方的な心中での悪態は、かなり新しい語彙の一つに今なっている。あと、この本での表現だと石田三成=“へいくわいもの”というのだそうな。





『Radio On』ヴィム・ヴェンダースPRESENTS

ヴィム・ヴェンダース PRESENTS レディオ・オン [DVD]

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【ざっくりと】

 独/モノクロ。約100分。時代は60年代ぐらいだろうか(79年とあったが)。主人公は愛車のなかで音楽を聴くのが好きな様子。のび太君のよう。そんな彼のもとにと報が届く。亡くなった兄を訪ねて、彼はともかく車に乗る。走る。進む。流れる景色。音楽がざわめき、そして途中、若き日のスティングがガソリンスタンドの店員(ロックスターを目指す青年)で出ていたりもする。そしてまたやっぱり走る。進む。んが、最後、車は致命的なエラーによって進めなくなってしまう。彼は車のカセットデッキにストーンズではなく、コピーされたサティスファクション(ディーボでしょうか)のテープを挿し込み、車のドアを開ける。そして……

【感想】

 映画のリズムに乗るまで、しょうしょうしんどかった。ようするに退屈な展開。それでもスティングがでてきたあたりから、退屈な展開に慣れてくるというか、だんだん、「どうせロードムービーなんだから物語の筋なんてどうでもいいや、だって、そもそも本当の人生にだってそうそう際立たスジなんてないし」といった脱力せざる得ないフィルムの明滅光が発してくるのであった。なにかこう色のない焚き火を初めてみた感じ。で、その脱力・弛緩しつつある視点で、ぼやぁとモノクロ画面を観ていると、不思議なことに物語を楽しんでいる時と同等の快楽らしきが鑑賞中にあったりもした。それが何故なのなかはわからない。簡単にいうとヴィム・ヴェンダースマジックなのかもしれないし、『パリ、テキサス』に痺れた人がかかるであろう、一方的な思いの寄せすぎなのかもしれない。


さらにこの約100分のステキな映画が、ヽ〔゚Д゚〕丿
[http://www.dailymotion.com/video/xdm8ar_radio-on-1979_shortfilms:title=まるっとアップされてもいたという……]

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