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東尾張乱射事件

【次回の記事予定】「お金」で「愛情」や「友情」が買える『脳内麻薬 ドーパミンの正体』を読んだ感想。

NUDE or Higashi

Owari Ranshajiken

ざわざわざわざわ

■NHKスペシャル 未解決事件 セレナ・ウィリアムズ

マーメイドステークスG3について

今回はいよいよ弱気になって三連複(午後3時まで混迷)。
2マイネオーチャード
5ピュアブイーゼ
10ミッドサマーフェア
13エーシンメンフィス
14マルセリーナ

結果は、またしてもハズレ。




13アグネスワルツは買えなかった。いったいどういうウンチクを用いるとあの馬券を買えるのか、ほんと教えてほしい次第である。逃げ残りという線だろうか。なんにしても当たらないと盛り上がらないので――ずっと当たってないからたいへんに苦しい午後。




■読書中 (ちょい読み分割派)

『賭けに勝つ人 嵌る人』松井政就(著)
『ビジネスマンのための「行動観察」入門』松波晴人(著)
『名古屋発どえりゃあ革命』河村たかし(著)
『空想お料理読本』ケンタロウ×柳田理科雄(著)
『村上レシピ』岡本一南(著)
『お金をちゃんと考えることから逃げまわっていたぼくらへ』糸井重里・邸永漢(著)
『孤独と不安のレッスン』鴻上尚史(著)


■NHKスペシャル 未解決事件 File.03



尼崎殺人死体遺棄事件を見て……
 Twitterを見ながら視聴した。たぶんこの番組を見たことによって、自分の中の憤りのようなものをTwitterのタイムラインに求めたのだと思う。
 まずどんな概要の事件なのか、さきほどウィキペディアを見たが、ディテールが細かすぎて分かりづらい。どうにも読む気が失せる記述が満載。おおまかに起きたことは、おそらく複数の家族を拉致監禁のうえ殺害・死体遺棄とかそういうところだろうか。
 そしてその主犯・被告となったのがおばさんとその親族、またその取り巻き(非社会的な人たちにちがいない)。

 もともと尼崎というのは、ダウンタウンの出身地、あるいは車谷長吉の小説や映画の舞台となっていて、印象としてはアジール(統治権力が及ばない地域)という地区がほんとうに「存在する」のだという認識でいた。まあでも20年くらいまえの時代だと、どの地域にもそういった所は少なからずあるはずだからね、とも思っていた。それこそ朝鮮部落やら、同和地区やら、在日ブラジル人地区やら、フィリピン系の人たちの地区など、もともと日本には「厳然と格差はあった」派の人が主張するのもこういった点を指して云うのかもしれない。又さらに、昔は現在と比較するとずっとずっと犯罪率も高いというのだから、当然そうした環境にちなんだ前近代的な、残酷で暴力的な風景も、今よりバリエーション豊富だったのだとすると、とくだん尼崎という地区が、キーワードにはならないのかもしれない。
 というか、僕が自分勝手に「尼ケ崎」をキーワードにしてしまっただけの話なのかもしれないけれど。


 なにはともあれ、こういう不可解(完全放置)な事件が起きてしまった。というより、なんだか番組を見ていて思ったのは、「どうぞどうぞここは無法地帯のやりたい放題の王国ですねん。せやけどね、ここにはここのルールがおまんねん。よそもんには分からんかもしらんさかい、此処は此処でうまいぐあいにできてますねん……ホンマに」といったニュアンスが朗々と漂ってきた次第。


 ちょっと強引かもしれないけれど、巨人ファンでもいいし、阪神ファンの世界、村社会独特の空気というか、イコールブラック企業の空気というか、体育会系の集団のかもす空気というか、イザヤ・ベンダサンのいう空気の國というか。法治国家のなかに生きながら、上の事件のごとく、ま・っ・たく機能することを前提に組織だっていない警察、見て見ぬふりをする隣人、家族のことには立ち入れないという、わけのわからない利己的な慣習を疑えない空気。もしこの再現ドラマのような事態がほんとうだとしたら、サムライブルージャポニカな僕らどころではなく、はなはだ残念な過去と依然、隣合わせのままの21世紀ということなのかもしれない。


 まあでも、物質的には豊かであるという救いがあるというわけで、文字どおり救い求めてTwitterを見ると――最近、ヘイトスピーチなる単語をよく見かけるけど、まあヘイトスピーチとまではいかないまでも――ヘイト・マンブル・ヘイトマターといったつぶやきを見かけたりして、これはこれで、なんというか、大事に飼っていた犬やネコがより小さき小動物を虐殺するのを目の当たりにしたような場面をみるやるせなさがあったりして……


 なんにしても、再現ドラマにそっていうと、事の発端は「葬式」における物言い(被告)からはじまったらしく、また、そのストーリーに沿っていうと、確かに葬式に対する物言いは「有るな!」という実感が――僕もこないだ経験したばかりなので――よりいっそう社会にたいする寂寞感が募った次第である。ほんとどんよろした週末……

 なのだけれど、こうやってとてもとても受け取りがたいあまりにも残酷な世界(社会)を前にして、なにかいくばくなりとも見をかわすとか、矢吹丈よろしく「真っ白だぜ。とっつぁんよお」と言えるような、なにか処方箋はなかっただろうかと、しばし考えた末、ちょい前にみた映画『Detachment』トニー・ケイ(監督)のことが少しよぎった。たぶん親兄妹を越えた「愛」というべきか「関係」というべきか……そのあたりはZAZEN BOYSの向井秀徳もすでに歌詞にしているけれど。


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